野球と銀行
【著者】木村剛/二宮清純【発行】東洋経済新報社
【発行年月】2003年07月14日【本体価格】1,600円
【ページ数】260p【ISBN】4-492-39404-4
金融行政にしろ、野球にしろ、それが存在しているのは、いったい誰のためのものなのかという点をまずは考えなければなりません。
本書 P58 より抜粋
大手銀行における資本不足が明らかとなり、公的資金注入の対象になったという衝撃が走ったのは、つい最近のことだ。「ルールを勝手に変えるな」という批判も続出。だが、本書の著者木村は「そもそも銀行側は、ルール通りにプレーをしているのか」と、疑問を投げかけることから、本題は始まる。
そこで、他方の著者二宮も近年失敗続きの「プロ野球」にも共通するところがあるという。「一見何の関係もない2つのジャンルの共通点を探っていくことで、日本が失敗してきた理由が掴めるかもしれない。そして今後の方策を模索できる可能性もある」という、2人の対談の記録が、本書である。
両者とも「銀行」と「プロ野球」は、このままでは弱体化していくことは目に見えているという。原因は、裁量権を持つトップ陣営がフェアプレーをしないからだと。そこで挙げられるのが「ルールの定義」だ。ルールとは誰の為のものなのか。まずはそこから議論していくことになる。
アメリカのメジャーリーグは、細かいルールをよく変えるという。例えばストライクゾーンも昨シーズンから時間短縮のために、高い球も取るようにした。理由の1つは「アメリカのベスボールはファミリースポーツで、長時間の試合は、帰宅時間が遅くなるのでファンに嫌われる」からだと。
これで打撃戦が少なくなり、平均試合時間が20分短くなった。それをマネして日本もルールを変更した。しかしここからが問題だ。「それでは打者が不利になるではないか」という反対論しか出てこなかったのだ。そう、日本には“野球といえども興行”という認識をもてないのが危険なのだという。
利用者の視点に立てないのは銀行も同じらしい。2001年末に石川銀行が破綻した。その少し前にその銀行は第三者融資を行った。自分達の赤字を誤魔化すためにだ。何も知らない高齢者や債務者に自分達の株を売りまくり、その後、その株はただの紙切れになってしまったことは言うまでもない。
詐欺のようなものだと、木村は続ける。金融庁は事実を知りながら何もしなかったと。被害者が出ても「ルール上問題ない」で終わりだった。他の手段についても「ルールにない、前例もない」としか言わなかったそうだ…。
そう、日本にはルールを“信仰”し“利用”する思想がないのだ、と二宮は言及する。国民の視点でルールを作らず、自分達の視界でしか物事を考えられないようでは、今後の発展は期待できないものだと改めて気付かされる。
本書は、スポーツと金融という異なるジャンルのプロが「日本という病」の核心に迫り、提言する。2人の鋭い視点は、読者をグイグイ引き込んでいくだろう。とにかく、面白い一冊なのだ。
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