花森安治の編集室
【著者】唐澤平吉【出版社】晶文社
【発刊年月】1997年09月30日【本体価格】2,100円【ページ数】269p
【ISBN】4-7949-6322-X
「(略)それよりぼくからきみたちにいっておきたいことがひとつある。それは1年間、なぜと訊かないでほしいということだ。ここでは朝から晩まで、なぜと訊きたくなることが山ほど出てくるはずだ。しかし、訊かないでほしい。そんな質問にいちいち答えていたら、こっちはしごとをしている間がない。百万言ついやしてわかるならいいが、ことばではわからないことがある。だから、なぜと疑問におもったらじぶんで考えてほしい。1年もすればわかるだろう。これだけだ」
本文 35p より
花森安治とは、日本のメディアの中でもひときわ異彩を放つ雑誌「暮しの手帖」初代編集長である。筆者は、その伝説の編集者の元で、編集部員として過ごした。本書は、厳しくも実りある日々を綴った評伝である。ハウツー本ではないので、ビジネスシーンにおける具体的なノウハウが書かれているわけではない。しかし、底に流れる「ビジネスの基本」という水脈を自ら見つけることで、必ず役に立つはずだ。
花森は編集部における「独裁者」であった。引用部分は聞きようによっては部下を信頼した発言におもえるが、他のページをよく読むと、実は、考えるのは自分だけで良い、周りは手足であれば足るのだ、と言い放っている。ひとつのものを作り上げる過程で、そのすべてを思うが侭に作る、しかし、すべてに神経を行き届かせる。同時に、出来あがったものすべてに対して責任を取る。この頑ななまでの「職人的」な姿勢は、今のビジネス社会で忘れ去られている部分である。仕事をする上で肝に銘じなければならない、見なおすべき視点だろう。
またこの独裁者は、折に触れて、自らのポリシーをスタッフに明確に伝えている。なぜこう考えるのか、どうしてこのような作業をしなくてはならないのか。仕事に対してかかわる人々の間での意思疎通。リーダーがもっとも配慮しなくてはならないポイントであるが、それは一番難しい作業でもある。人間関係の調整と言うだけでなく、すべてのスタッフに対して思想を浸透させることも重要である、ということを本書は教えてくれる。
ビジネス社会における個性的な成功者の評伝を読むことはとても楽しい。自らのキャリアアップの一助になると言う以上に、その生き様が痛快であったり、悠揚迫らぬ風格があったりと、読んでいて飽きることがないからだ。こんな凄い人がいるんだなと、読後に元気が沸いてくるのが嬉しい。少し前の本なので、入手が難しいかもしれない。大型書店、図書館、古書店などで探してほしい。疲れが出てくるこの時期、一服の清涼剤としてお勧めしておく。
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